下郡中のログ庫

下郡(しもごおり)と中(あたる)のログ保管庫

◆抜け道/王と辺境伯

「なあシルヴァン。この部屋にはもう一つ扉があることを知っているか」
「いいえ? でも、まああるでしょうね」
 なにせここは王の執務室だ。ディミトリだけではない、歴代の王が使用したこの部屋は、揃えられた調度品から窓枠の意匠に至るまで、すべてが最高級のもので出来ている。この国で最も尊い存在の為だけに用意された部屋。
 であれば、非常時に備えた脱出用経路のひとつやふたつ在って然るべきだろう。
「そこから続く通路を通っていくとな、王城を半周して、陵墓の近くに出るんだが」
「はあ。……ていうか、それ俺が聞いていいやつなんですか? 嫌ですよ、一方的に聞かされたせいで『秘密を知ったからには生かしておけん』とか言われるの」
「別に構わない。無論、俺が話すまでもなくお前が知っていたとしたら……その時は、首を捻じ切らないといけなかっただろうが」
「怖」
「冗談だ」
「笑えないんですが」
 若き王はふふ、と綺麗に笑った。普通に怖かったので、若き辺境伯は笑わなかった。
「大丈夫だ。知ったところで王族以外には使えない」
「へえ……それは興味深いですね。なにか仕掛けが?」
「いや? 単に、ブレーダッドの紋章でも持ってないと開かないくらい扉が重い」
「怖」
 今度はディミトリが冗談だと言わなかったので、シルヴァンはそっと身震いをした。それでは王族専用というよりブレーダッドの紋章持ち専用である。輿入れしてきた王妃や、紋章を持たぬ嗣子はどうする――一瞬、悍ましき仮定が脳裏に浮かんだが、幾ら何でも無いだろう。……無い、といいなあ。
 シルヴァンの心情をよそに、ディミトリは楽しそうに続けた。
「もしお前が入り口を見つけられたら、俺が出口を開けてやろう」
「あはは。いいですね。約束ですよ陛下、俺、張り切って探しますんで。そんでそん時ゃ、なにもかもほっぽりだして、あんたと二人で旅に出る」
「どこへ行く?」
「どこへでも」
 本心からの言葉だった。
 貴方がいるなら、貴方が行くなら、貴方が望むのなら、どこへでも。
 幸せな夢を口にするように、二人は架空の話をしては、顔を見合わせてくすくすと笑い合った。シルヴァンが決して扉を探さないことは、二人とも知っていた。