下郡中のログ庫

下郡(しもごおり)と中(あたる)のログ保管庫

◆触れる/双璧

 君に触れても、良いだろうか。
 許可を求めるフェルディナントの瞳には確かな熱が籠っていて、生憎、その言葉に込められた真意を汲み取れない程ヒューベルトは鈍くは無かった。拒むつもりでいた。けれど、拒む理由が見つからなかった。断ることが出来ると思っていた。けれど、断るだけの根拠が思い当たらなかった。

「君の赦しが欲しいのだ」

 何も言えないままでいると、勝手に話を一段階進められていた。期待と不安を言葉の端に滲ませながら、その手を跳ね除けられることなどとんと考えていない、そういう自信家なところがあれほど厭わしかった筈なのに。気付けばまるで同意するように肯首していた。
 そうしてややぎこちなく始まった二人の触れ合いはしかし、フェルディナントの手が、ヒューベルトの上着の釦を外しきったところで不自然に止まってしまう。

「……」
「フェルディナント殿?」

 呼びかければ、びく、と悪戯を咎められた子供のように目の前の肩が震えた。やはり、いざとなると気が乗らなかっただろうか。それも致し方無いことだろう、とヒューベルトは思う。自分の肉体を客観視すれば自ずと解は分かるというものだ。ヒトは情のない相手にも肉欲を抱けるけれど、それは即ち、逆も然りということで。
 無理をしなくて良い、と伝えるつもりで彼に肩にそっと触れる。ゆるゆるとこちらを見上げた橙の瞳には先程までの燃えるような熱はなく、憂いと戸惑いばかりが浮かんでいる。
 決して顔には出さないよう留意しつつ、僅かな落胆を覚えた自分にヒューベルトは密かに驚いていた。その程度には、絆されて、委ねている。

「ヒューベルト……すまない……」
「何を謝る事がありましょう」
「脱がし方が分からないんだ……」

 困った、とばかりに眉を下げたフェルディナントの顔は真剣そのもので、ヒューベルトは思わず吹き出しそうになったのを無理矢理耐えようとして失敗し、これでもかと言うほど噎せた。