下郡中のログ庫

下郡(しもごおり)と中(あたる)のログ保管庫

2020-10-01から1ヶ月間の記事一覧

◆友達/ヒルマリ

マリアンヌは己を、善い人間だと思っていない。 見た昔のように、周囲に不幸をまき散らすとは既に考えていないが、かといって、他者に幸福を与えられるとも思えない。だって……ちらりと横目に見る、ヒルダの明るい桃色の髪は、夕陽に透けてキラキラと輝いてい…

◆軍務卿と紋章学者

カスパルの枕を抱え込んで、すやすやと寝息を立てている幼馴染を見ながら、カスパルは欠伸をひとつ零した。 帝国の軍務卿としては、屋敷に(一応は、と注釈はつくが)客人として招いている以上、貴族籍を捨てたとはいえ皇帝陛下が直接研究費を出資している紋…

◆青い光/メルセデス

ガルグ=マクで出会った級友はみんな、私より年下だった。いちばん離れている子では7つ、いちばん近い子でも私より2つ下。親友のアンをはじめ、もう少年少女と呼ぶには相応しくなくて、けれどまだ大人にはなりきれていなくて。彼女たちを見る度に、私の心は…

◆春を待つ/ギュスタヴ

凍てついた針葉樹林、万年雪をたたえる山脈、身を切るような冷たい風。北の大地に生きるということは、これらと共に生きるということでもある。人が平穏に暮らすには決して向いているとは言えないこの地で、それでもファーガスの人々がこれまで営みを紡いで…

◆触れる/双璧

君に触れても、良いだろうか。 許可を求めるフェルディナントの瞳には確かな熱が籠っていて、生憎、その言葉に込められた真意を汲み取れない程ヒューベルトは鈍くは無かった。拒むつもりでいた。けれど、拒む理由が見つからなかった。断ることが出来ると思っ…

◆抜け道/王と辺境伯

「なあシルヴァン。この部屋にはもう一つ扉があることを知っているか」「いいえ? でも、まああるでしょうね」 なにせここは王の執務室だ。ディミトリだけではない、歴代の王が使用したこの部屋は、揃えられた調度品から窓枠の意匠に至るまで、すべてが最高…

◆夢じゃない/ハンマヌ

ただいまあ、と間延びした声が玄関の方からして、次いで、ドタバタガタガサゴソと騒がしい音が響いた。やがて、寝室の扉が開くと同時に、殆ど倒れこむようにして女が部屋に転がり込んできた。うう、とかぐう、とか、言葉にならない呻き声を上げている。ハン…