下郡中のログ庫

下郡(しもごおり)と中(あたる)のログ保管庫

◆軍務卿と紋章学者

 カスパルの枕を抱え込んで、すやすやと寝息を立てている幼馴染を見ながら、カスパルは欠伸をひとつ零した。
 帝国の軍務卿としては、屋敷に(一応は、と注釈はつくが)客人として招いている以上、貴族籍を捨てたとはいえ皇帝陛下が直接研究費を出資している紋章学者に対して客間の一つでも供するべきではある。だが、そんな体裁を今更気にするような間柄ではない。戦時中は天幕に一般兵士とぎゅうぎゅうになって雑魚寝なんて当たり前だったし、士官学校時代など、互いの部屋に泊まり込むなどしょっちゅうだったからだ。互いの、というより、自室で寝落ちしたリンハルトを起こしたり運んだりするのをカスパルが面倒くさがって、そのまま隣で眠っていたというのが正しいが。

 とはいえ、用件を済ませたかと思えば『じゃ、僕寝るから』と言うが早いが、家主の寝台に滑り込む幼馴染も幼馴染である。彼がここを訪れた用件――皇帝陛下への手紙を書く為にこのところあまり寝れていないとぼやいていたが、それにしたって、久々に会ったのだから雑談のひとつやふたつ、花を咲かせるくらいの付き合いがあっても良いだろうに。
 おそらくそう言えば、手紙じゃなくて研究の報告書だ、とリンハルトは訂正するだろうが、カスパルにとって封筒に入って渡された紙は全部一括りに手紙である。皇帝陛下ことエーデルガルトがリンハルトの紋章研究に出資するにあたって出した条件の一つが、半年に一度、成果をまとめて提出することであった。
 そうでもさせないと研究に没頭して、結果が世に出ないまま彼の部屋に埋もれかねないわ……という彼女の予測は半ば正しい。本日こうして、それを託ける為に屋敷を訪れた幼馴染の顔を、カスパルが見るのは実に半年ぶりであったので。

 現在のリンハルトの食い扶持はエーデルガルトが養っているに近く、流石の彼もこの約束を反故にしたことはない。直接会うと出仕を打診されて面倒だから、という理由で、その配達人代わりに軍務卿を使う一研究者が存在していいかはさておき。『陛下はまあ諦め半分って感じだし、ヒューベルトも、物言いたげーな視線は向けてくるけど直接何か言ってくるわけじゃないから無視してればいいんだけどさ』とはいつかのリンハルトの言である。『フェルディナントをあしらうの、面倒なんだよね』
 そのお陰でこうして定期的に幼馴染に会えているのだから、フェルディナントこと宰相閣下に感謝すべきかもしれない。次に会ったら礼を言っておくか、と考えながら、カスパルももぞもぞと布団に入り込んだ。

 二人分の穏やかな寝息が部屋を満たすまで、そう時間はかからなかった。