下郡中のログ庫

下郡(しもごおり)と中(あたる)のログ保管庫

◆友達/ヒルマリ

 マリアンヌは己を、善い人間だと思っていない。
 見た昔のように、周囲に不幸をまき散らすとは既に考えていないが、かといって、他者に幸福を与えられるとも思えない。だって……ちらりと横目に見る、ヒルダの明るい桃色の髪は、夕陽に透けてキラキラと輝いている。気を使っていると普段から本人が公言する通り、客観的に見ても、計算し尽くされた美しいかんばせ。白い肌に頬に影を落とす長い睫毛、その奥にある珊瑚の瞳、紅に彩られて行儀良く上がった口角。溜め息が出そうになる。
 見た目もさることながら、頭の回転も早く、座学、実技ともに彼女はとても優秀なのだ。それを見せることを本人が嫌がる故に、成績、というかたちでは表に現れないけれど。彼女の、自頭の良さと弛まぬ努力を知っている。ずっと見ていたから。

「さ。一緒に行きましょ」

 まっすぐにマリアンヌを見つめ、手を伸ばしてくるヒルダの瞳は友愛の情で溢れている。この手をとられないことは無いと、そう信じてくれているようだった。
 マリアンヌは小さく頷くことで肯定を示すのが精一杯だった。どうして彼女は、こんなにも美しいのだろう。どうしてそんな彼女が、こんなにも自分に良くしてくれるのだろう。どうして彼女を、私は、同じように友達だと思えないのだろう。

(こんな想いを抱いてしまうなんて、やはり私は……)

 彼女のことが好きだと思う。彼女の支えになりたいと思う。彼女の、いちばん、になれればどれほど。
 叶わぬならせめて友人として、彼女の信頼に応えたい。おそるおそる手を伸ばす。触れた指先に躊躇って、無意識に引きかけたのを見透かされたように、手首を掴まれてやや強引に引き寄せられる。抵抗はしない。する気もない。くるり、と踊るように反転させられて、気付けば背後から抱きかかえられるように彼女の腕の中にいた。

「あ、あの、ヒルダさん……」
「ねえマリアンヌちゃん。好き」

 耳元でかけられた彼女の声と吐息に、身体が震える。背中越しに感じる体温に、心拍数があがるのが分かった。顔が熱をもって、それを彼女に見られなくて済んでいることに心の底から安堵のため息が出た。私もです、と絞り出した声は、どうにか表面上は平常を保てていただろうか。
 ヒルダの言葉の真意を探ることはしないまま、マリアンヌは密やかな幸福に蓋をするように、そっと目を伏せた。