下郡中のログ庫

下郡(しもごおり)と中(あたる)のログ保管庫

◆日常/バルタザール

 とある書物によれば、人が想像し得る範囲の出来事は実際に起こり得るのだそうだ。
 随分と昔、まだ己が貴族の跡取りとして教育を施されていた頃の話だ。そんな馬鹿な話があるか、と読んだ当時のバルタザールは思ったものだが、いざこれまでの人生を振り返ってみれば、まあ、あながち間違ってはいなかったのだとも思う。自慢じゃないがそこそこ波乱に満ちた生涯を送ってきた。まさかその締め括りが、変な女の作った良く分からん魔導具によって飾られるとはついぞ想像も出来なかったことだが。
 これまでの出来事が、出会った人たちが、ぱらぱらと脳裏に浮かんでは消える。バルタザールは気付く。もしかしてコイツは走馬灯ってやつじゃなかろうか、と。
「――冗談じゃねえ!!」
「あ。バルト起きた」
 叫ぶと同時に体が動いた。がば、と身を起こせば見慣れた自室の慣れ親しんだ寝台の上である。すぐ横から声がして、見やれば跳ねた赤毛の女と金髪の巻き毛の女が立っていた。
「ようやくお目覚めですのね」
「おはよー」
「おう、おはよう……ってそうじゃねえだろ!……ハピ、お前にも言いたいことは山ほどあるが、まずはコンスタンツェ。ありゃ一体なんなんだ?」
「あら。記憶の混濁は見られず……と。身体の方も問題なさそうですわね。何よりですわ。そしてあのぶっ飛び方……ふっ、ふふふ、実験は成功ですわ!」
「コニーすごーい」
「おーっほっほっほっほ!もっと褒めても宜しくてよ!」
「……いつもながら人の話を聞かねえなこいつ」
 ハピがぱちぱちと拍手をすればコンスタンツェの高笑いが更に大きくなった。バルタザールの呟きは見事にかき消されたが、よくあることなので今更いちいち目くじらを立てたりはしない。
 バルタザールはため息をついて、寝台から降りた。